秋の大麻比古神社にお礼参り

大麻比古神社1 なまこマンの日常

私事ではありますが、先日、大学院にて製作していた論文を書き終えることができました。

指導の先生方にものすごく背中を押してもらいながら、自分でも専門知識やコンピューターの知識などを身に着けていって作り上げていきました。それゆえこの論文に関わった全員にとって思い入れの深いものになっており、インパクトのあるジャーナルに出したいと意気込んでいるところです。

論文の完成は、2021年の大きな目標の一つでもありました。お正月に大麻比古神社へ初詣に行ったときにも論文が無事に完成するよう誓いを立ててきました。

厳密にはまだ掲載誌が決まっていないため「完成」と言うには尚早かもしれませんが、とりあえず無事に完成されられたという報告をするために、先日、秋の大麻比古神社へと向かいました!

自転車をこぐあんず

やっぱり大麻比古神社までは少し遠いです…

でも、前よりは体力ついたんじゃないの?

はい!わたしも成長しているんですよ!

七五三で賑わう境内を散策

大麻比古神社9

お正月には交通整理が必要なほどに混みあっていた大麻比古神社も、平時には長閑なものです。大きな鳥居をくぐり、木々に囲まれた静かな参道を走っていると、どこか世界から隔絶されたかのような不思議な気持ちになりました。

大麻比古神社10

ですが、拝殿に近づくにつれて車や人が増えてきて、お正月ほどではないにしても賑わっている様子でした。

車から下りてくるのは、晴れ着姿の小さな子供たちに、正装の親御さんたち。

大麻比古神社12

なるほど。そういえば、そろそろ七五三の時期ですね。幸せそうな様子がとても眩しく見えました。

大麻比古神社11

お正月の頃から変わらず、炭治郎柄のマスクとマフラーを付けている狛犬にあいさつしつつ、拝殿へと歩を進めていきます。

大麻比古神社14

境内には、ご神木のクスノキが鎮座しています。いつ見ても、生命力を感じます。今季で勇退される北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督が、ハワイで巨樹に抱き着きながら「樹ってパワーもらえそうだよね」と言っている映像を見たことがありますが、老樹であるにもかかわらず生命力に満ち満ちた大麻比古神社のクスノキからは確かにパワーをもらえそうです。周りを囲ってあるので栗山監督のように抱き着いてはいけませんよ(笑)

大麻比古神社2

拝殿は当然ながらお正月の頃ほどは混んでいません。賽銭箱も通常のサイズです。

ですが、その分ゆっくりと神様と対話できるというものです。お賽銭を入れて、論文を書き終えたことを報告してきました。「良いジャーナルに出したいけれど、そのための決め手がなかなか見つからない」という状況が長く続き、一時は自暴自棄になったりもしました。その頃のことを思うと、形にできたことは嬉しかったです。もっとも、僕の草稿が未熟ゆえに指導の先生方に多大なる苦労をかけてしまったことはとても申し訳なく思っていますが…

そして、報告と同時に「無事に掲載ジャーナルが決まりますように」と、新たな願いも掛けてきました。今回論文を投稿しようとしている分野は発展が著しく、ついこの前までは最新鋭だった情報も瞬く間に型落ちになってしまうような世界です。先生が「急げ」と言っていた理由を今更ながら痛感しています。業界の先輩の言葉には、自らの経験からくる教訓が含まれています。後進に失敗してほしくないから、耳に痛いことでも口を酸っぱくして言うのです。もっと真剣に聞いておくべきだったと、今更言っても「時を戻そう!」というわけにはいきません。

ドイツ兵との交流の軌跡「ドイツ橋」「めがね橋」

鳴門市はドイツのリューネブルク市と姉妹都市盟約を結んでおり、日本で最初にベートーヴェンの交響曲第9番が演奏された地であることから「第九の里」と銘打って町おこしをしています。

鳴門とドイツの友好関係のきっかけは第一次世界大戦まで遡ります。詳細は道の駅第九の里の紹介記事に記載していますので、よろしければそちらをご覧ください。

この大麻比古神社にもドイツとの友好の証が存在しており、それが「ドイツ橋」「めがね橋」です。

大麻比古神社3

ドイツ橋とめがね橋は本殿の裏手にあります。

お正月には人がいっぱいで、参拝をしたらすぐに帰った方がよさそうな雰囲気だったので見学することができなかったのですが、今回はゆっくり見て回ることができました。

大麻比古神社4

背の高い木々に囲まれた本殿の裏手をしばらく歩いていると、青く美しい池が見えてきます。

この池に架かっている石積みの橋が、めがね橋です!

規則的な大きさの石が絶妙なバランスで噛み合い、強固に橋を形成しています。力学の神秘ですね。

大麻比古神社17

大麻比古神社16

こちらの池は「心眼の鏡池」という名前で、めがね橋と共にドイツ兵が整備したものです。

板東俘虜収容所に収容されていたドイツ兵たちは大麻比古神社の境内をしばしば散策していたようです。ドイツ兵たちは人道的な扱いを受け、地域住民とも友好的な関係を築いていましたが、それでも彼らにとって板東の地は祖国から遠く離れた見知らぬ場所です。そんな彼らが故郷を偲びながら作ったのがめがね橋と心眼の鏡池の原型となった池でした。

平成4年に日独の友好を記念して、めがね橋と池を拡張整備して心眼の鏡池と名付けたのだそうです。

大麻比古神社5

やはりこの、美しいターコイズブルーの水面に目を奪われますね。

以前大歩危でラフティング体験をしたときに「水の美しい青色には、水に含まれる金属イオンが影響する場合がある」という話を聞きました。この写真では少し見にくいですが、水中には硬貨がたくさん投げ入れられています。ひょっとすると1円玉のアルミニウムイオンや10円玉の銅イオンの影響だったりするのでしょうか。

大麻比古神社6

めがね橋からしばらく奥に進むと、今度はドイツ橋が見えてきます。

大麻比古神社15

大麻比古神社8

ドイツ橋は、ドイツ兵たちが帰国を前に、友好的に接してくれた地域住民へのお礼の気持ちを込めて記念に架橋したものです。それが今もこうして保存され、残っているわけです。鳴門とドイツの友好の象徴の一つとも言えますね。

大麻比古神社7

保存のため、通行することはできません。ですが、横からその見事なアーチを間近で見ることができます。

ドイツ兵たちがもたらした土木技術や食品製造技術、文化などは板東の地を豊かに発展させました。ドイツ橋の寸分狂わぬ設計からも、優れた技術により作られていることが伝わってきますね。こんなにピシッと直線にできて、こんなにしっかりとアーチを作れるのか…

豊かな自然に包まれたパワースポット

大麻比古神社13

大麻比古神社はパワースポットとしても人気のようで、方位除けや厄除けに強いご利益があるようです。実際に、生命力に満ちたご神木や境内の木々、美しい心眼の鏡池からはパワーを感じると言いますか、近くにいるとどこか心が洗われるような気がしました。

今年は様々な場所で、自分の未熟さや考え方の甘さを痛感させられる機会が多かったです。30歳になろうとしているのに、いつまで子供気分でいるのか。人生設計もできていないようでどうするのか。言い訳ばかりが上手になっているのではないか。七五三に訪れていた親御さんたちには、明らかに僕と同世代の人たちも多かったです。あの人たちと比べて、僕は自分に甘く、言い訳ばかりする生き方ばっかりして。本当に何をやっているんだろうなぁ…

僕の最新の論文は、これまでに二つの有名ジャーナルから、査読者にも回されることすらなく掲載を拒否されました。そのことを謙虚に受け止めなければなりません。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉はありますが、天は今まで甘い気持ちでいた僕をしっかりと見ていたのでしょう。今からでも、精神的に成熟できるように努力して、周りに対して恥ずかしくないような生き方をしていこうと改めて思ったのでした。

あんずちゃんも頑張って体力をつけているんだから。僕も頑張って成長するよ…!

なまこマン万歳

どこに出しても恥ずかしくない、アルティメットなまこマンに!!

そんなの、一緒に歩くわたしが恥ずかしいですよぉ!!

大麻比古神社
徳島県鳴門市大麻町板東広塚13

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