【登山】室町時代の山城跡から岐阜を一望!古城山 大桑城跡(岐阜県山県市)

登山
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日本の国土のおよそ4分の3が山だといいます。ゆえに、日本中どこの地域でも、ちょっとした登山を楽しむことができると言っても過言ではないでしょう。全国的にメジャーな観光地や景勝地でなくとも、景観が良好だったり、登り応えがあったりする、穴場的な山はたくさんあります。例えば、僕が過去に訪れた愛知県東栄町の三ツ瀬明神山はその良い例だと思います。

今回もそんな、穴場的な山を訪れました。岐阜県山県市にある「古城山(こじょうさん)です。その山頂には室町時代に「大桑城(おおがじょう)という山城が築かれており、令和の現在はハイキングと歴史探訪の両方を楽しめるスポットとなっています。

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歴史を辿りながらハイキング!

2026年4月に、いつも一緒に登山をしている職場のSさんと一緒に、岐阜へ日帰り登山の旅へ行ってきました。

当初の目的地は岐阜公園の金華山で、馬の背登山道から登頂したのですが、登って下りてもなお昼過ぎで、時間に余裕があったため、次なる目的地として向かったのが大桑城でした。

岐阜公園からは国道256号線を北上し、東海環状自動車道の山県ICを過ぎたあたりで岐阜県道174号線(伊自良高富線)を伊自良湖方面へ曲がり、「大桑城跡」の茶色い案内標識に沿って進んでいくとアクセスできます。ただし、案内標識はとても小さいので見逃しに注意です。

はじかみ林道登山口
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古城山の麓は「おおが城山公園」として整備されており、古城山登山客用の駐車場やドッグランがあるほか、桜並木も植えられています。

古城山には麓にある「古城山登山口」と、麓から古城山を越える「はじかみ林道」の途中にある「はじかみ林道登山口」の2つの登山道があります。前者は麓からガッツリ登るので、距離にして片道2.1km、登山時間は約60分となっていますが、後者は片道800m、登山時間約30分のショートカットコースとなっています。

今回は、はじかみ林道登山口からアクセスしました。人気の無い林道の途中ではありますが、はじかみ林道登山口の周囲だけはトイレなど、いろいろなものが設置されていて、なんだか賑やかです。

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古城山

標高407mの古城山からは、金華山や濃尾平野を一望することができます。
 地元で城山と呼び親しまれているこの山の山頂一帯には、戦国時代には山城が築かれ、美濃の守護大名 土岐氏が斎藤道三との抗争を繰りひろげたと伝えられています。
 当地には、道三に敗れた土岐氏が、落城の際に、家宝の金の鶏を境内の井戸に沈めて落ち延びたとの伝説があり、これにちなんで別名を金鶏山(きんけいざん)とも呼ばれています。
 山頂一帯には、平坦な広場のような曲輪や、尾根筋を断ち切って敵の侵入を阻むために掘り込まれた堀切など、山城の遺構が当時のままに残されており、文化財と里山の景観が共存する貴重な遺産といえます。
 また山麓にも、土岐氏や斎藤氏をはじめとする家臣らの館の伝承地が残っており、城下町のような空間があったことが発掘調査などでも判明しています。

山県市観光協会

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大桑城跡

 室町時代から戦国時代にかけて200余年にわたり美濃国を中心に勢力をふるった守護土岐氏は、天文4年(1535)、長良川の洪水をきっかけに、山県市大桑地区に守護所(守護の居館)を移し、大桑城や城下町を本格的に整備しました。大桑城跡は標高407.5mの古城山山頂一帯に残っています。延長700mで、尾根と尾根との北裏に当たる斜面を平らにならして造られた曲輪が大小90余り分布し、主郭部や関所とともに竪堀や堀切といった遺構を見ることができます。
 古城山のふもとには「四国堀」「越前堀」「外堀」と呼ばれる大規模な三つの堀が築かれていました。大桑城は堅固な守りを誇る山城だったことを感じることができます。

山県市教育委員会 生涯学習課

大桑城は、山県市が観光地として力を入れてプッシュしているようです。市の観光協会と教育委員会の設置した解説の看板が設置されているほか、登山口にはこのような、地域別の来場者数カウントのためのカウンターもあります。ラミネートをして、金具で固定までして、かなりの力の入りようです。

また、前述のパンフレットもカウンターの下のブルーのケースに入っています。

快活そうなかわいいキャラクターがいますが、この娘は山県市のPR大使であるバーチャルキャラクターの、山県さくらさんです。自然観察指導員を目指す、素朴な山ガールです。山県市のWebサイトではそんなさくらさんが活躍する漫画を見ることもできます。

「愛知県 三重県からお越しの方」のカウンターをプッシュし、早速登山道に入ります。

ヒェッ…ここ熊おるんか…。

遊歩道感覚で訪れてしまうと後悔する程度には、本格的な登山道です。岩場を登るようなところは無いのですが、それでもかなり急な斜面はあります。

そんな登山道の所々に、大桑城の石垣などの遺構があり、ラミネートされた案内板が手頃な見学ポイントを教えてくれます。

そして、登山道の木には、このようにクイズの書かれたプレートもぶら下がっています。麓にある山県市立大桑小学校の児童が2023年10月に作成したもののようです1

1552年に美濃国守護土岐頼芸を追い出した道三も四年後に長男義龍(よしたつ)により殺されます。死ぬ前日、息子に当てて、遺言書を書いた場所は大桑のどこでしょう?

①十五社神社(じゅうごしゃじんじゃ)
②洞照寺(とうしょうじ)
③南泉寺(なんせんじ)

答えは裏です

R5 大桑小

答えは
③南泉寺

地元の子供にとっても、大桑城は親しみのある場所だということが伝わってきて、とても微笑ましく感じます。実際に大桑小学校では学校行事を通し、児童が様々な形で大桑城の歴史を学んでいるようです。

はじかみ林道登山口から登り始め、ルートの4分の3ほど進みました。木の生え方から、かなりの傾斜であることが伝わると思います。

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ほどなくして、少し開けた場所に出ました。ここで古城山登山口からの登山道と合流します。

ここは台所と伝えられているようですが、発掘調査では庭園と、それを眺める建物と思われる遺構が見つかっているようです2

開けた台所を過ぎたら、山頂まではあと少しです。

ギザギザのなだらかな岩を登ったら…。

ついに、山頂に辿り着きました!

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古城山山頂は、大桑城の天守閣があった場所です。

落城後、斎藤道三によって焼かれた大桑城は、令和の今ではすっかり自然の中に溶け込んでいます。

登山道のあちこちに立つ案内板がなければ、ここにかつて城があったとは、なかなか想像できないほどです。

それでも山頂に立って景色を眺めると、その印象は一変します。眼下には美濃の平野が広がり、その眺望はどこか岐阜城を思わせます。この景色を前にすると、土岐氏がこの地に城を築いた理由も、少しわかるような気がしました。

天守台跡からもう少し奥に進むと、在りし日の大桑城に思いを馳せて地元住民により作られた「ミニ大桑城」があります。

あくまでモニュメントなので、中に入ったりはできません。一番下の屋根までが大体180cmほどで、かなり小さいです。

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大桑城跡 まとめ

岐阜県山県市の古城山には、美濃国の守護・土岐氏の築いた「大桑城」がありました。現在、その跡地は登山道として整備されており、トレッキングと歴史探訪を同時に楽しむことができます。山頂からは金華山と、その頂にある岐阜城を望むことができるほか、条件によっては眼下に見事な雲海が広がるようです。

大桑城は現在、すっかり自然に還っているのですが、それでも、随所にある石垣などの遺構が、確かにこの場所に城が築かれ、繁栄の歴史を辿っていたことを物語っています。

山県市が観光資源としてとても大切に整備していた点も印象的でした。大桑城の歴史を紹介する詳細な案内板や、地元小学生によるクイズが設置されているほか、春風亭昇太さんが大桑城を巡る動画を視聴できるQRコードも掲示されていました。もちろん、登山道の整備も行き届いており、急斜面箇所へのロープの設置などもされています。

大桑城跡
岐阜県山県市大桑

※2026年4月の訪問時点での情報です。

山県市ホームページの大桑城跡紹介ページはこちら↓

  1. 参考:大桑城への登山客のために はじかみ林道に大桑のクイズ設置します – 山県市ホームページ
  2. 参考:大桑城跡の発掘調査で守護土岐氏の庭園を確認 – 大桑城跡 – 山県市ホームページ

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この記事を書いた人

日本各地を渡り歩くさすらいのなまこ。食べ歩き、道の駅巡り、スーパー銭湯巡りが好き。流れ着いた地域の飲食店、道の駅、スーパー銭湯情報をブログにて発信中。【これまでの拠点】徳島、仙台、名古屋

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